つい先日、宮脇さんのXにお母さまに関する投稿がなされました。
その通り、普通に若く見えますね。
こりゃ、まいりました~💦お若いですね!!
そんなお母様も今では宮脇さんのガチファンでいらっしゃいますが、当時、宮脇さんがアイドルを志した際には猛反対をされたということです。
また叔父さんがあの「陣内孝則」さんというのも有名なエピソードですが、実の母娘がどのように強い絆をはぐくんだのでしょうか?
陣内さんの影響はあったのでしょうか?
ということで今回は宮脇さんの親子関係について掘り下げてみました。
公式Xより ミャクミャク(笑)
アイドルを目指して「勘当」された衝撃の過去
宮脇舞依さんがアイドルを志したのは23歳。
それを聞いた母親からはすぐに勘当宣告を受けたそうです。
お母さまには、実の弟である陣内さんが、下積み時代に味わった苦労や、浮き沈みの激しい世界で戦う姿を間近で見てきた姉としての「恐怖」があったそうです。
「あんなに苦しい思いを、愛する娘にはさせたくない」。
母にとっての反対は、娘を傷つけるための拒絶ではなく、娘の幸せを願う必死の願いだったのです。
ブラック企業での挫折と、私を救った母の「二度と行かなくていい」
また、過去には就職も試みました。ところが就職した先はいわゆるブラック企業。
朝から晩まで心身を削り、ある日ついに糸が切れたように涙が止まらなくなってしまいます。
ボロボロになって帰宅した娘の姿を見て、かつて家から追い出した母が真っ先に口にしたのは
「もう二度と会社に行かなくていい」という言葉だったそうです。
世間体や「普通に働くこと」よりも、目の前で壊れかけている娘の命を優先したわけです。
このころから始まった引きこもり生活を、母は黙って支え続けました。
この「逃げ場」があったからこそ、彼女は再び自分の人生を歩むエネルギーを蓄えることができたのだと考えられます。
35歳のアラフォーアイドルを、母が認め始めた「雪解け」の瞬間
そんな母娘関係ですが、10年以上の歳月をかけ、少しずつ雪解けを見せ始めたのです。
宮脇さんがアイドル活動を「継続」し、目に見える実績を積み重ねたことによるものです。
彼女がリーダーを務めるグループ「KRD8」がチャートを賑わせ、地元・姫路での活動が地域に根付いていく姿。(なんとオリコンデイリーチャート1位も!)
それを見守るうちに、母の心境に変化が訪れます。
「一時のわがまま」だと思っていた情熱が、本物であると認めざるを得なくなったのです。
「早く辞めなさい」と言い続けていた母が、娘のステージでの輝きを認め、一人の表現者として尊重し始めた瞬間でした。
親の反対や「普通」に悩むあなたの一歩踏み出すためのヒント
宮脇舞依さんの歩みは、周囲の反対に遭いながらも自分の道を探している方々に、大きな勇気を与えてくれますね。
自分の「好き」を証明するには、言葉ではなく、行動と継続を見せ続けるしかありません。
これからの宮脇舞依さんのご活躍を期待しております。

