
2017年に発生した積水ハウス地面師詐欺事件では、積水ハウスが土地購入代金として55億5,000万円を騙し取られました。
事件の背景と原因について追ってみました。
積水ハウス地面師詐欺事件とは?
まずは当時の事件の概要を押さえておきましょう。
2017年、東京都品川区西五反田あたりの分譲用地において、大手住宅メーカー・積水ハウスが、偽の地主・“なりすまし”地面師グループに土地売買代金として 約55億5,000万円 を支払ってしまったという前代未聞の詐欺事件です。
土地そのものの所有権移転登記申請が法務局に却下され、「実際の所有者ではない第三者」からの売買契約であったことが明らかになりました。
この事件は不動産業界だけでなく、企業のリスク管理という観点からも衝撃を与え、「なぜプロである大企業が騙されてしまったのか?」という疑問が一斉に噴き出しました。
では、なぜこのような被害を被ってしまったのか?
報告書などで指摘された「担当者が犯したミス(および組織的なミス)」の中から、特に「担当者視点」で整理できる 3つのミス に焦点を当てて紹介します。
なおこの事件で、取引を主導した積水ハウスの担当者は懲戒解雇処分となっています。
3つのミス

ミス① 不審な取引内容を見過ごした/「急ぎすぎる」判断
最初のミスは、取引の「条件」や「経緯」に関して、すぐ手を付けてしまった点です。
例えば、該当の土地は業界でも “なかなか売りに出ない一等地” とされていたにもかかわらず、売却話が急に持ち上がり、前例になく好条件で進んでいたという点が「おかしい」と報告書でも指摘されています。
担当者がこの土地の情報を3月末頃に取得してから、わずか数週間で契約・残金支払いに至った流れが確認されています。これは、慎重さに欠ける合理性の薄い展開でした。
さらに、稟議書には「売主のY氏が10億円以上の利益を中抜きする」という点など、通常なら確認を要する項目が記載されていたにもかかわらず、多くのチェックが省略されています。
営業部門として「このチャンスを逃したくない」という気持ちが強かったと検証報告書ではされており、担当者が「前のめり」になっていたことがミスの原因のひとつです。
つまり「いい条件」「他社に先を越されそう」という焦りから、本来止めるべき疑問点を見過ごしてしまった。これが第1のミスと言えます。
ミス② 本人確認・売主の信用調査を怠った
2つ目のミスは、取引相手・売主に対する信用調査及び本人確認を十分に実施しなかった点です。
報告書では、売主と称される人物(偽X氏)に対して、パスポート・印鑑証明・住民票・改製原戸籍謄本・国民健康保険被保険者証など多数の書類が提出されていましたが、これらの書類の真正性について深掘りせず、「提出された書類だから本物だろう」と扱われたと指摘されています。
具体的には、
- 登記済権利証の原本提示がなかった。
- 取引相手である中間会社がペーパーカンパニーであった可能性が高かったにもかかわらず、信用調査をしていなかった。
- 所有者を名乗る偽X氏の背景調査がほとんどなく、営業部門のネットワーク頼みになっていた。
つまり、買主企業である積水ハウスの担当者は、売主側の「信用力」「真正性」を自社主導で精査するという最低限のプロセスを怠っており、これが第2のミスとなります。
ミス③ リスク情報を「妨害」とみなして放置/残金支払いを早めた
3つめのミスは、契約締結後および支払い前に出ていた複数のリスク情報(警告)を軽視し、残代金の支払いを早めてしまった点です。
報告書によれば、契約・手付金支払い後、本件土地に関して「本当の所有者が関与していない」という内容の通知書・文書(内容証明郵便)が売主側以外から届いていたにもかかわらず、営業部門・本社リスク管理部門ともに「取引妨害の嫌がらせだ」と判断して適切に検討しなかったことが挙げられています。
さらに、残代金の支払いを2017年6月1日に前倒しで実施。契約後わずか1か月余りで、しかも登記の最終確認が完了していないまま進めた点が、被害拡大を招いた大きな要因です。
担当者は「このチャンスを逃すと先行した形にならない」というプレッシャーを感じており、決済を急いだ末にリスクを無視してしまったと報告書は分析しています。
つまり、警告サインに耳を傾けず、正当化して決済を急いだことが第3のミスでした。
担当者が引き起こした「3つのミス」をまとめると
整理すると、担当者(およびその関係部署)が本事件で犯した主なミスは次の3つに集約できます。
- 取引を急ぎ、疑問点を見逃したこと。
- 売主・中間会社の信用調査や本人確認を十分に行わなかったこと。
- 警告サインを「妨害」と判断して無視し、残金支払いを早めたこと。
これらのミスは、それぞれ担当者個人の判断ミスだけでなく、部署間の調整・社内ガバナンス・リスク管理体制の未整備という〈組織的背景〉とも密接に結びついています。
実際、報告書では「縦割り意識の強さ」「牽制機能の弱さ」「リスク意識の低さ」という3つの構造的問題点を指摘しています。
つまり、担当者個人の“ミス”にとどまらず、会社としての仕組みにも重大な欠陥があったのです。
なぜ、担当者のミスで済ませられないのか?
この事件が一般的な詐欺被害と異なるのは、被害を受けたのが住宅・不動産という“プロ仕様”の取引を扱う大手企業だったという点です。
通常、不動産取引では、売買契約、本人確認、登記、決済など複数の専門家・部署が関与し、関係者のチェック体制も整っているはずです。にもかかわらず、担当者だけの判断や「急ぎたい」という雰囲気で進められたことは非常に異例でした。
例えば、報告書では「使用された小切手形式」「ペーパーカンパニーの介在」など、典型的な地面師の手口が使われていたにもかかわらず、担当者も関係部署もそれを“詐欺の可能性”として認識せず、通常の取引だと扱ってしまったことが明記されています。
また、担当者=営業側だけでなく、法務部・不動産部・リスク管理部門が“追認”に終始しており、「止める」ための社内風土が欠けていたことも致命的でした。
報告書を確認すると、社長の現地下見もあったことから、「この案件は社長案件/経営トップが推進」との認識が先行したことで、飛び越し稟議等が行われたことも確認されています。
したがって、担当者のミスというだけではなく、「組織としてのガバナンス欠落」という点も事件の核心と言えます。
終わりに ~教訓と今後の展望~

今回の記事では、「なぜ積水ハウスの担当者は、55億円もの被害を招く取引を止められなかったのか」という観点から、担当者が犯した 3つのミス を整理しました。
- 急ぎすぎて疑問点を見なかった
- 信用調査・本人確認を甘く見た
- 警告サインを無視し、決済を急いだ
この事件から得られる教訓は、担当者・企業・組織それぞれの立場から整理できます。
担当者としての教訓
- 優良企業・大手企業であっても、取引相手や書類が怪しいと感じたら一歩止まる勇気を持つこと。
- 書類が整っていても「なぜこの案件が出てきたか」「この売主はなぜこの条件を提示できるのか」など、背景を掘るべき。
- 上司や本社が“急げ”という雰囲気を出していても、説明責任を果たせない疑問点が残るなら対応を止める/遅らせる判断が必要。
企業・組織としての教訓
- 営業部門だけで判断を進めず、法務・リスク管理・コンプライアンス部門が本件のような“高リスク取引”に早期から関与できる体制を整えること。
- 稟議・審査プロセスが形骸化していないか、取引内容が異常と思えるなら追加調査・時間を置くという仕組みを運用すること。
- 地面師詐欺など、高度な偽装手口に対して社内教育を行い、専業プロであっても“被害者になりうる”という警戒心を持たせること。
今後の展望
主犯格を含む犯人グループは逮捕・起訴され、主犯格には懲役11年の実刑判決が下されました。しかし、積水ハウスが支払った55億円は回収が困難な状況です。この事件はNetflixドラマ「地面師たち」のモデルにもなっています。
積水ハウスも本事件を契機に、2020年12月に「分譲マンション用地の取引事故に関する総括検証報告書」を公開し、再発防止に向けた取り組みを表明しています。
不動産取引のみならず、あらゆる高額取引・取引スピードを求められる案件において「急ぎすぎ」「チェック不足」「警告軽視」はリスクであるという認識を高めることが今後のポイントになりそうですね。
これからも日本を代表する企業として、業界をリードしていかれることを期待しております。
最後までご覧いただきありがとうございました。
